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竜谷山城
関連ページのリンク  2005/05/16の日記  毛呂城  斉藤氏館  山根城  村田和泉守館         
おすすめ評価
訪城季節3 遺構状態7 探し易さ5 交通利便4 体力消耗3 歴史経緯2 印象3 総合27
所在地
埼玉県入間郡毛呂山町阿諏訪1561−2ほか
歴史と沿革

■『新編武蔵風土記稿』には、「龍谷山 或は要害山とも書す、上り十町許の山にて、瀧野入村の境にあり、昔阿彌和巳之助と云る者の陣屋ありし處なりと、傳のみなれば、事述を考ふべからず」と記述されており、「毛呂山町史」によればこの伝承は今も残っているとのことですが事実関係としては不明のようです。
 「上杉家文書」の北条氏綱状によれば、大永4年(1524年)の10月に山内上杉氏憲房が上州勢を率いて後北条氏方の毛呂要害をめぐる戦いが行われたとされています。その時に毛呂氏が立てこもったのが具体的にどの場所かというと、これには諸説があるようで小田谷の長栄寺にある毛呂城も有力な候補ですが、多くの方も主張するように「常設展示解説図録」(1994/毛呂山町歴史民俗資料館)でも、この阿諏訪地区に所在する「竜ヶ谷山城」 ( たぶん要害が訛ったと推定される ) を示唆しています。

確認できる遺構
郭、腰郭、空堀、竪堀、切岸
構造的特徴および
周辺の地理的特徴

■毛呂山町阿諏訪地区の標高202.2mの竜ヶ谷山の山頂付近が城跡で、鶴ヶ島ゴルフ倶楽部のゴルフ場の中の東側に位置している。北側には毛呂川が、南側には阿諏訪川が越辺川に向って東流する西側の低山ハイキングで有名な一本杉峠方面から伸びた尾根筋の東端に位置し、実質的にほぼ独立した山岳地形を形成している。
 なお、東1kmの阿諏訪川対岸には毛呂氏の本拠地の一つである小田谷長栄寺の毛呂城が所在する。

参考資料、古文書、
記録

「中世北武蔵の城」(梅沢太久夫 著 2003/岩田書院刊)
「毛呂山町史」(1978/毛呂山町)
「埼玉県史 通史編2中世」(1988/埼玉県)
「常設展示解説図録」(1994/毛呂山町歴史民俗資料館)
「小田原衆所領役帳」(佐脇 栄智 校注 1998/東京堂出版)
「毛呂山町歴史民俗資料館のHP
「毛呂山町 神社と寺院」(1983/毛呂山町教育委員会)   

文化財指定
埼玉県選定重要遺跡 1976年10月1日指定
訪城年月日
2005/05/16
訪城の記録

( 2005/05/ )
ゴルフ場の中の城跡
 小田谷長栄寺の毛呂城のあとは一旦公民館まで徒歩で戻り、改めて車で山を一つ越えた阿諏訪地区にある竜谷城を目指しました。この城跡は何が有名かといえば、築城者でも、歴史や合戦でもなく、ゴルフ場の中にぽつんと取り残されているということでしょうか(^^; 以前からどのようにして閉鎖された私有地であるゴルフ場のなかに入っていくのかが分からず訪城を先送りしていましたが、地元の資料館で城跡への道は立派な公道であるとの情報を確認したので安心して南側の雷電神社の参道から侵入。
 さすがに公道がコース自体と錯綜しているようなことはなく、一部ゴルフカートの通路と重複している部分があるものの、すぐに神社への参道が分岐しています。それでも麓の集落からの比高は100mぐらいあり、最後の本郭への登りになるとまだ着かないのかい...と独白が出るような感じになります。山頂からの眺望がよいとの情報もありましたが、樹木の成長や季節の関係もあるのでしょうが、北東側を除いて殆ど眺望はありませんでした。本来は阿諏訪川の流れを挟んで約1km東側の毛呂氏館の裏山が確認できるはずなのですが、折からの樹木の枝葉に視界をさえぎられて何も見えず。
 遺構そのものとしては、本郭、二の郭、三の郭を始め幾つかの小さな腰郭も残されていますが、全体として木が繁っていることもあって縄張りの特徴を掴みづらい状態でした。また、心配されるようなドライバーショットのゴルフボールが飛んでくるような危険も殆どないようですが、ゴルフ場のオープンしていないときには公道からの入口フェンスが閉鎖されるようで訪城の日時には少し注意が必要かもしれません。

Best Shot?


 南東方向から見た竜谷山城、撮影地点からの標高差は50m前後というところです。高く手前に見える尾根が三の郭から二の郭の所在する部分で、右側に見かけ上はやや低く見えているのが本郭の所在するピークかと。
 周辺は完全にゴルフ場のコースなので、プレー中のゴルファーの姿が周囲に全く見えないことを確認して、ほんの少しだけグリーンの端の方に立入り撮影を(^^;
 ( 2005/05/16 撮影 晴 )
交通アクセス

・JR八高線毛呂駅より西へ毛呂本郷の交差点から鶴ヶ島ゴルフ倶楽部を目指す。次に300m先の二叉路で左へ折れ阿諏訪川沿いの道を進み、新川橋をわたり600mほど進むと道路の右側に雷電神社への標識が見えるので、ここを右折して山頂を目指す。
MapFan Web の案内図です  


( 2005/05/16 撮影 )

■竜ヶ谷山城の山頂に雷電神社が鎮座しています。ゴルフ場の手前まで車でいけないこともないのですが、すれ違いや方向転換がしにくいこともあり、この場所に停めさせていただきました。本郭のある山頂までは徒歩25分ぐらい。
■雷電神社と疱瘡神社の石柱。この辺りからは山頂が全く見えませんのが、大きく曲がる谷沿いの舗装された道路を緩やかに登っていくとすぐに前方の視界が開けてゴルフ場の南東の端の方に到達します。
■ゴルフ場の私有地なので雷電神社等の参拝以外の目的では進入できないと書かれています。
 トラブルになってもいけないと思い、念のため毛呂山町に聞いてみたところ雷電神社までの道は町道なので基本的に通行はできますとの回答があり、少しだけ開いている通用口のような所から堂々と胸を張ってゴルフ場の中へ。ま、略式ですが、一応参拝もしましたから、立入り禁止の例外事項にも合致しますので。
■立て札が立てられてるので間違えることもないとは思いますが、雷電神社へは少しだけゴルフ場の道路を通行して、写真の右手に写っているネットの脇の細い道を登っていきます。公道の通行のために開けられたフェンスの入口は写真の左の方にあります。
 見た目よりもなかなか登りがいがありますので、少しずつ呼吸を整えて登っていく方がベターかと。また、この個所だけが公道とゴルフ場の通路が錯綜しているので、いきなり道路に飛び出してゴルフカートに轢かれないように注意が必要(^^;/td>
■南東方向に細長く伸びた尾根を利用した三の郭の入口付近にある雷電神社の鳥居。
■山頂の本郭からは冬季は別として北東方向の毛呂本郷方面だけ展望が開けています。
■山頂の本郭の更に2mほど高くなった西側の所に雷電神社と摂社の疱瘡神社(右側)が所在しています。
 祭神は大雷神(おおいかづちのかみ)で、寛正6年(1465年)8月造営と伝わり、明治に入り阿諏訪村の鎮守、旧村社となり昭和の戦後に日枝神社、神明神社を合祀。
■本郭の東側はご覧のように平坦で、北東方向の尾根に沿って小規模な腰郭が複数所在しているとのことですが、1か所は目視できましたが雑草などが蔓延り始めていたので、とてもHPにはUPできませんでした。
■神社の北側部分は人工的な斜面の切落としが施されているような傾斜があります。
■二の郭の上部から本郭へ向かう途中にある犬走り状の小道。50mほど進むと本郭の東側にでます。
■二の郭にある神社の石碑。二の郭と本郭の標高差が意外と大きく20m近くありますので、ここまで休まず登ってきて未だ先があることを知って愕然としました(^^;
■右側の二の郭と西側のやや規模の大きい腰郭で、その間に空堀が確認できます。
■右上の写真の腰郭部分を南側から接近して撮影。この左下の方はゴルフ場の景観地に繋がっているので、やや元々の遺構の状態が分かりにくくなっています
■二の郭の直下部分から南東に伸びる細長い三の郭を撮影。
■二の郭の南側の直下部分から三の郭を見た様子。
■二の郭、三の郭の南西にあるやや規模の大きい10m×30mほどの腰郭
 
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