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関連ページのリンク | 2005/05/16の日記 平山氏陣屋 斉藤氏館 山根城(毛呂氏館) | |
おすすめ評価 |
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埼玉県入間郡毛呂山町大字岩井字平山1536 | ||
■「新編武蔵風土記稿」の記述によれば、入間郡平山村および滝野入村の条に僅かな伝承等が記され、「家康の関東入国の時、上野より村田和泉守というものが来住し後北条家家臣であった大野佐渡守序重の屋敷を譲り受けた」とされている。また、平山村には小名「堀之内」という地名が残されていると共に、「堀ノ内屋敷」という通称が存在していたことも明らかにしているが、遺構の様子の詳細については記されてはいない。 | ||
東側を除くコの字型の土塁と空堀のようにも見える窪地 | ||
周辺の地理的特徴 | ■東西南北100メートルの方形館の形状を示しているが、東側の土塁は殆ど確認できず、北側も一部が消失している模様である。土塁は直線的で外見的には折などの工夫は見られず、地形の窪みなどから南側と西側の土塁の外側に空堀の存在を推定することができる。このことから、具体的資料が乏しいためにあくまでも推測の範囲として、12世紀後半からの毛呂氏関係などの武士の館の系譜を引き継いでいるということも考えられなくはない。 | |
記録 |
「中世北武蔵の城」(梅沢太久夫 著 2003/岩田書院刊) | |
無 | ||
2005/05/16 |
( 2005/05/16 )
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Best Shot? |
写真の手前部分に見えるのが西側の土塁部分で、南側の土塁が90度に曲折して伸びているのがはっきりと分かります。 南側の土塁の中央部分がやや低くなっているので、小口のようにも見えないこともないのですが詳しいことは分かりません。土塁は南西の角部分が一番高いようで外側では高さ2m近くにもなりますが、土塁の内側は所有者の方の畑や宅地になっています。 ( 2005/05/16 撮影 晴 ) | |
( 2005/05/16 撮影 )
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