城館跡の目次 トップ頁へ戻る サイトの趣旨 城館跡の目次 HP雑記帳
参考資料等 リンク集
PAGEの先頭 PAGEの最後 管理人へメール 工事中

アクセスありがとうございます。     素人の趣味ですので不備や間違いなどが相当あると思います。     もしお気づきの点がございましたらご教示ください。  
関連ページへのリンク  2006/10/13のブログ 多賀谷氏館 道智氏館 萱間氏館
おすすめ評価
訪城季節3 遺構状態3 探し易さ5 交通利便4 体力消耗5 歴史経緯2 印象3 総合25
所在地
埼玉県南埼玉郡白岡町篠津(久伊豆神社境内)
歴史と沿革

北鬼窪氏の館跡か
 「白岡町史」などによれば、野与党北鬼窪氏の館跡の推定地のひとつとして記されています。 しかしその史料的な裏付は明確ではないことから、恐らくは野与党と久伊豆神社の関連から推定したものと思われます。
 野与党の北鬼窪氏は、一般に野与党の祖とされる野与基永の嫡子行基の第二子である定綱に始まり鬼窪六郎と名乗ったとされています。 
 「吾妻鏡」によればその曾孫にあたる又太郎は、正嘉2年(1258)3月1日に6代将軍宗尊親王の二所参詣に際して次後陣随兵12騎の一人として登場し、「鬼窪左衛門入道(定綱の子、弘綱)跡民部太郎(弘綱の子、光家)子云々鬼窪又太郎」と記されています。 なお野与党関係の系図によれば、その同族には道智氏、多賀谷氏、栢間氏、笠原氏、大蔵氏、渋江氏などが存在するとされています。

確認できる遺構
土塁?
構造的特徴および
周辺の地理的特徴

周囲は平地にて
 恐らくは元荒川の沿いの左岸に形成された自然堤防上の微高地に所在しているものと思われますが、現在は市街地の中に含まれているため目立った地形上の特徴を感じることはできませんでした。

文化財指定
訪城年月日
2006/10/13
訪城の記録 記念撮影

( 2006/10/13 )
鎮守の森の土塁まがいの盛り土
 「白岡町史」などによれば、篠津(しのづ)の久伊豆神社(浅間神社)が北鬼窪氏の館跡の候補地の一つと想定されているとのことです。 本殿の向かって左側には高さ3mほどの浅間塚が築かれ浅間神社が鎮座していますが、中世城館跡とは無関係の存在の模様にて。 明治末期の国家神道確立を目的とした合祀を反映して近隣の諏訪神社などの摂社、末社が10社ほど同居。 さて肝心の遺構らしきものは、強いていえば本殿の右奥に土塁にも見えなくも無いような高さ約1mから1.2m、長さにして20mほどの盛り土が所在。
杉木の根の状態から見る限り、ある程度古そうなもののようにも思えるものの、どう見ても当然のことながら鎌倉初期まで遡及できるような古さを感じさせません。 樹木の根やその樹齢から数十年以上経過したものであることは間違いがなさそうですが..神社の造営改修に伴う残土かもしれませんし、仮に古くても戦国期のものか或いは近世以降のものであるような印象を感じます。

クリックで拡大します
「神社の北側に所在する盛り土状の地形」
仮に土塁だとしても戦国期以降のものかと。
( 2006/10/13 撮影 )
訪城アルバム
画像クリックで久伊豆神社などの現地解説板へ
■1■篠津久伊豆神社 画像クリックで現地説明板へ
 解説板によれば、「武蔵七党の野与党発祥の地であり、大己貴命(おおなむちの-みこと)ほかを祭神とする久伊豆神社はその守護神として尊崇されていた」とのことです。 「新編武蔵風土記稿」によれば篠津村の鎮守とのこと。 「久伊豆」の名を冠する神社は概ね元荒川沿いの低地を中心とする南北に細長い領域に限定され、現在でも100社ほどが散在していますがその社名の由来については不明のようです。 
■2■浅間塚と浅間神社
 久伊豆神社境内に所在する木花咲耶姫命(このはな-さくやひめの-みこと)を主祭神とする浅間神社。
 江戸時代には中世以来の富士山を崇拝する山岳信仰に対して、808講とも呼称された「富士講」が関東の江戸を中心とする近在に流行し、それぞれの郷里に浅間塚を築くと共に多くの浅間神社が勧請されました。 従って、残念ながらこの高さ約3mで物見台状の塚と鬼窪氏などの中世城館跡との関連は存在しない模様です。
■3■北側の地形
 土塁跡のようにも見えなくも無い地形ですが、土塁遺構と断定するには史料などによる傍証が皆無で..上記「記念撮影」の盛り土状の個所を北側から撮影したものです。
交通案内

・元荒川左岸、県道78号線西側の久伊豆神社境内付近。
いつもガイド の案内図です 地図サイトいつもガイド 

凸地誌類・史書・古文書などの記述状況
■新編武蔵風土記稿
 「篠津村」の項には、北鬼窪氏、野与党などに関連する記述はありません。
■武蔵志
 埼玉郡南部は史料原本自体を欠く。

凸主な参考資料
「埼玉の中世城館跡」(1988/埼玉県教育委員会)・「関東地方の中世城館」2埼玉・千葉」(2000/東洋書林)
「中世北武蔵の城」(梅沢太久夫 著 2003/岩田書院刊)・「埼玉県史 通史編1古代」(1987/埼玉県)
「埼玉県史 通史編2中世」(1988/埼玉県)・「埼玉県史 別編4年表・系図」(1991/埼玉県)
「埼玉県史 資料編7中世3記録1」(1985/埼玉県)・「新編武蔵風土記稿」(1996/雄山閣)・「武蔵国郡村史」(1954/埼玉県)
「角川日本地名大辞典11埼玉県」(1980/角川書店)
「埼玉県史 資料編10近世1地誌」(1979/埼玉県)より「武蔵志」「武蔵演路」など
「白岡町史 通史編(1989/白岡町)」・「白岡町の文化財 第5集 地名考」(1980/白岡町教育委員会)
「白岡町史資料 地誌」(1982/白岡町教育委員会)・「ふるさと白岡」(1984/白岡町教育委員会)
「民間信仰辞典」(桜井 徳太郎 編 1980/東京堂出版)
「神社辞典」(白井 永二ほか編 1997/東京堂出版) 

・2006/12/03 HPアップ

PAGEの先頭 PAGEの最後 ご感想はこちらへ 工事中