( 2005/04/14 撮影 )
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■金尾城への入口、というよりも金尾山つつじ公園への入口といったほうが分かりやすいかもしれません。 臨時の立て看板には4月16日より5月17日まで「つつじまつり」と記されています。確かに、今度の大型連休の時は公称5000株にも及ぶつつじによって、全山極彩色に染まるのではないかと思われます。 しかし、駐車場はこの県道の反対側に6台分ぐらいしかありませんので、連休中は路上駐車となってしまうのでしょうか。この道路のあたりに三の郭の堀切があったということですが、切通となった斜面はコンクリートで固められており、当時を偲ぶことはできません。
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■野生のツツジの保護育成は、地元の方々を始め多くの人々の努力により維持されているということです。
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■ヤマツヅジとヤマザクラの向こうに花園御嶽城が、ほんのちらりと見えるのですが。 |
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■春の訪れを告げる「タチツボスミレ」の群落もあちこちに点在していますので、足の踏み場に気をつける必要があります。 直径2センチにも満たない小さな花で、葉がハート型をしているのが特徴ということですが、その種類も多く詳しいことはわかりません。 |
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■「タチツボスミレ」とほぼ同じような場所に自生する植物ですが、現在の所不勉強のため名称が分かりません。「キジムシロ」に似ていますが自信がありません。四月から五月に山野の明るい日向に生える多年草で、キジの座るムシロに喩えて呼称されているとのことですが。( 「花歳時記大百科」北隆館 ) |
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■多分山ツツジかと。レンゲツツジだともう少し色が淡いはずなのですが。 |
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■これらの5000株のツツジが満開となると確かに目を見張るものがあります。 |
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■玉淀と鉢形城方面なのですが、春霞かスギ花粉の飛散の影響かわかりませんが景色がかすんでよく見えません。 けっして、歳のせいではありません(^^; |
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■全山のツツジが開花するのはたぶん4月の下旬頃だと思われますが、すでに早咲きの品種は一部ですが満開となっていました。 この写真はたぶん「ミツバツツジ」かと。 主郭のある山頂の西側部分に展望台と並んで咲いていました。 |
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■左のものを接写してみたものですが、それにしても見事な自然の色彩表現です。 もうこのあたりになると完全に城跡そっちのけで、花見モードというかデジカメ接写モードに突入していました。 |
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■主郭の平坦部分は東西10m、南北15メートルぐらいしかないので、主郭というよりも物見台のような機能を果たしていたのではないかと勝手に思っています。 そういう意味では、この展望台は時代考証を無視して復元された櫓台といえなくもありません。 尺木塀も設置されたりして....もしかすると鉢形城の工事のおまけかもしれませんが(^^) |
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■さほど広くない主郭には木製の結構頑丈そうな展望台が設置されていました。 その是非は別として、展望台からは秩父往還を眼下に捉えて鉢形城、円良田城、花園城方面を見通すことができ、眺めだけはすこぶる一級品です。 |
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■北側から見上げた主郭ですが、二の郭との境界がかなり分かりづらくなっています。 |
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■金尾山の由来。二の郭には火除けの神である愛宕神社が祀られています。天文元年(1532年)に藤田左衛門佐重利が築城したとかかれてありますが、詳細は不明のようです。 |
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■東屋のある部分が主郭の南側にある東西20メートル、南北10mほどの腰郭状の部分。 二の郭との区別がつきにくいのですが、よく見ると浅い堀切のようなもので分けられているようにも見えます。なお、「要害山城跡」では、元来一体のものであったとしています。 |
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■二の郭の北側にある竪堀ですが、大分埋まってしまっているようで、深さは約80cmというところです。 先ほどの腰郭の西側にも縦堀があるのですが、藪や樹木が叢生してで非常に見にくい状態でした。 |
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■先ほどの主郭南側にある腰郭の場所の更に南側にある腰郭風の平坦地ですが、自然の地形に遊歩道が設置されてたためにそう見えるだけのようです。 |
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■石積みなどの跡が確認されている三の郭の北側部分ですが、踏跡も途中で消滅し足元もかなり悪そうなので、普通のスニーカーしか履いていなかったこともあり、それより先の探索は断念しました。 |
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