凸 用水路見学
「日本城郭大系」「前橋市史」などの記述によると、総延長は約1.5kmほどを有する天然の小河川に人工的な加工を施した遠堀であるとされています。大胡城西方に所在している勝沢城、嶺城防御ラインであろうと推定しているのであると考えられているようですが、それにしては位置関係が合致していないようにも感じました。そうした経緯については具体的な築造年代自体も明確ではないらしく、あくまでも推測の域を出るものではなさそうにも思えます。
現在はコンクリート製の護岸工事が各所に施されているため、かつての溝の幅やその法面の様子を窺うことは難しく、特に上流域では大型のU字溝が敷設されていました。
堤防または側道のようなものは無いことから、何とか公道や畦道を迂回しながらその流路を辿ってみましたが、何れにしましても過去におけるそうした形跡を辿ることはほぼ困難な状況となっているように思われました。
なお今回については主に南側の「上沖町交差点付近」から「小神明霊園」付近までの延長約1kmほどを辿ってみたに過ぎないものであります。このため上武道路北側を含む残り700mほどの個所については目視してはいないこともあり、その際にもう少し体力と気力があれば嶺城方面へと足を延ばした際にあらためて踏査してみようと思いました。
( 2019/3/28 )記述
|
小神明の遠堀南端部付近 −画像A−
( 2019年3月14日 撮影 )
凸県道76号線の「上沖町交差点」方向を北側から撮影したものです。
あくまでもコンクリートの擁壁で補強された水路となっておりましたが、それてもこの部分についてはこのように大きく湾曲した地形が遺されておりました。
小神明の遠堀から赤城山方面 −画像B−
( 2019年3月14日 撮影 )
凸下記画像Dの大きく蛇行している辺りから北の赤城山を撮影したもので、偶々このように菜の花が満開となっておりました。 時折はこういう素敵な景色を眺めていないとモチベーションの維持ができない踏査活動なのであります ^^
小神明の遠堀の中央部付近 −画像C−
( 2019年3月14日 撮影 )
凸現在ではこのような細い直線状の流路となっていますが、下記の画像Dの航空写真では「小神明の遠堀」と赤書きした部分に相当し、恐らくは場所によりかなり幅の広い地形でもあったように思われます。
国土地理院航空写真 −画像D−
( 2019年3月28日 編集加工 )
凸青色の太線で囲んだ部分が概ね小神明の遠堀といわれている個所の中心部分に相当するものと考えられます。 この「小神明の遠堀」が写っている部分は直線距離にして約500mほどの範囲です。
なお、編集加工の際に入れ忘れましたが、「群馬県の中世城館跡」の情報などと照合しますと、「米軍」の文字の上あたりが「小神明の寄居」となり、「航空写真」の「航」の文字の上の黒っぽく木の生えている個所に土塁のような形跡が遺されていたようにも感じられますがあくまでもその詳細は不明です。
有料の画像を入手すればもう少し鮮明な画像を得られるのですが、「無料の高解像度」を元にしていますのでこれが限界でした (^^ゞ
|