■城郭関係
「日本城郭全集」(大類 伸 監修/1967/人物往来社)掲載なし
「日本城郭体系第11巻」(1980/新人物往来社)※「棚田山」の項目があるが、実際には和田城を指している。
「図解近畿の城郭第4巻」(2017/戎光祥出版)掲載なし
「近畿の名城を歩く 滋賀・京都・奈良編」(2015/吉川弘文館)掲載なし
「近江の山城ベスト50を歩く」(2006/サンライズ出版)掲載なし
「近江の城」(1997/サンライズ出版)※掲載あり
「近江城郭探訪 合戦の舞台を歩く」(2006/サンライズ出版)※コースガイドの記述あり
「善福寺の石碑を通り過ぎ左手の山裾沿いの道を上りつめると、そこに棚田城跡がある。物見の平坦地であろうか、そのなのとおり山頂に棚田のような広い平坦地を見ることができる。(以下略)」
■歴史・郷土史関係
「角川日本地名大辞典25滋賀県」(1979/角川書店)
「甲賀市史第2巻、第7巻、第8巻」(/甲賀市)
※「甲賀市史第7巻」(2010/甲賀市)の公方屋敷の項末尾において、「なお、和田谷の城館について、今回改めて精査した結果、従来その存在が指摘されていた「公方屋敷城」と「棚田山城」については城郭遺構ではないと判断した」との中井均氏による記述が見られる。
しかしその後の2012年に刊行された「甲賀市史第2巻甲賀衆の中世」において、村田修三氏は甲賀地方の中世城館跡を概観するに当たり、その「公方屋敷城」を「公方屋敷の比定地」として示唆している。別書ではあるが同じ甲賀市の刊行でもあり、この点に関しては齟齬を来しているようにも感じられる。研究者間の見解の相違と理解すべきなのであろうか。なおこの齟齬に関してはあくまでも公方屋敷ないしは公方屋敷城に関するものであり、棚田山城に関わるものでは無いのだが、それら判断の基準およびその精査の詳細経緯については未確認である。
「和田惟政と甲賀武士」(2008/和田晋次著)
「戦国武将合戦事典」(2005/吉川弘文館)
「日本史広辞典」(1997/山川出版社)
「戦国大名家辞典」(2013/東京堂出版)
「日本中世史年表」(2007/吉川弘文館)※「多門院日記」について
■史料、地誌、軍記物
「甲賀郡志 復刻版」(1978/名著出版)
■その他
国土地理院地図および航空写真
「和田城館群−甲賀の城郭1」(2011/甲賀市)※現地配布パンフレット(和田公民館下の東側県道沿いに常備)