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■1■高松不動 画像クリックで拡大
そういえばこの場所にも記憶が。歳のせいかこういう宗教施設を見ると必ず参拝をする習慣がつきました。しかしこのあと、現在地点を誤認したことから2回ほど違った尾根筋をすすみ人跡未踏の岩場を往復して、下れる場所は必ず上れるという原則を改めて体験。でも息は絶え絶え...
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■2■諏訪神社近くの展望台 画像クリックで拡大
この場所にもやはり記憶が。多分40年以上前かと思いますが。高松城址の場所自体が林道沿いから見つからず、とりあえず高いところから眺めれば...ということでしたが、ここでも木の枝に遮られて全く見えません。いずれにせよ地形と方向を確認してなんとか現在地だけはとりあえず把握に成功。もっとも、あとから確認したところでは正に正面の真下付近ということが分かりましたが、城跡の山が30メートル以上も掘削されて全く見えなくなっていたことも原因かと。
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■3■木立の間の高松城跡
林道を徒歩で戻る途中でやっと目視できた高松城跡の採掘現場。キョロキョロしながら歩いていたつもりですが、視力が余りないのでどうしても遠くは見落としてしまうようです。それでもなかなかすすむべき尾根筋がなかなか見当たらず、高松不動のところまで戻ってやっとルートを確認。これでそのまま帰ってしまってはポリシーが...ということで午前中の設楽氏館めぐりと2度の尾根筋探しで踏ん張りのきかない状態となっている足腰を叱咤激励。
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■4■山の神山への登り口
九十九折の林道の高松不動まで上らない少し手前の最初の民家への私道のようなところから高松城址へと続く「山の神山」への登口が左手に分岐していました。地形図の読みこなしにかなりの問題があったようです。
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■5■高松城の裏鬼門とされる「山の神山」山頂の祠と利勝法大神の石碑
集落の墓地を過ぎて少し上るとすぐに標高368メートルの山頂の石造りの祠のある場所に到達しました。しかし、残念ながらこの場所からも殆ど眺望が遮られていてかつての高松城址の全体を見渡すことができませんでした。
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■6■宝登山
本来は山の神山の尾根筋付近からかつての城跡を眺めることができればそれで充分だったのですが、採掘現場の方まで下りてみないことにはどうにも様子が判然としない状況でした。そういうわけで、致し方なく山の神山の山頂を越えて東側の尾根伝いに移動し採掘現場へと向うことに。廃車となったマイクロバスが置かれている個所を通り過ぎて採掘現場へと到達。このとおりかつての城跡は予想通り全く見る影もありませんでした。また金沢川を挟んで対岸に位置する宝登山もその南側は近年のゴルフ場の開発で景観が一変していました。
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■7■南側の断崖 画像クリックで拡大
城跡南側の自然地形の延長にして80mほどの岩壁だけはまだ何とか形が残存してましたので、わずかにその要害としての残滓を感じさせてくれました。所々で確認した限りでは概ね15メートル以上の断崖が残されているようで、その下の方も予想以上の急勾配が続いていました。しかし余り断崖の近くまで寄っていくと、採掘による崩壊などの危険性が充分に予見されますのでかなりの注意が必要かと。いずれにしても南側からの出入りは極めて難しそうな地形でであることは間違いないようです。
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■8■新しい石垣
高松不動近くの数軒ほどの集落では、斜面の多い地形なので平坦地を確保するために概ねこういった石垣が宅地などの擁壁として組まれていました。もちろん高松城跡とは直接的には何のかかわりもありませんが、こういった味わいのある石垣も次第にコンクリートの擁壁に変わっていくのでしょうか。
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