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1歴史・伝承   2残存遺構   3訪城記録・記念撮影   4アルバム  5交通案内   6参考・引用資料  7更新記録
関連ページへのリンク
所在地
 埼玉県加須市不動岡2−9−18(総願寺内)
歴史、人物、伝承

近世忍城の城門を移築
 明治6年(1873)に忍城は取り壊されましたが、大手門北西の北谷口に所在した城門が払下の後に篤志家により総願寺に寄進され現在に至っている。幅3.2m高さ5.5mの総欅造りで、欄間の構造の特徴から天保13年(1842)の建造と推定をされている。

文化財指定
 1960年9月8日加須市有形文化財指定
訪城年月日
 2005年11月14日 
訪城の記録 記念撮影

 些か経年劣化も
 通称黒門は建築年代の割には交通の往来が激しく参詣者が多いこともあるのか、思ったよりも全体として経年変化がすすんでいるという印象を受けました。参詣者の往来もけっして少なくはなく、漸く境内に人が少なくなったと思えば、門前に駐輪する自転車が増えるといった塩梅。それだけ日常的な信仰の対象として親しまれていることの証左でもあるようでした。
 なお総願寺の不動尊は関東の三大不動尊として著名な存在であり、折から七五三のお参りをしている家族が多数参詣中。このため不動堂を撮影しようとすると七五三の記念撮影とダブったりするという実に落着かない賑わいのある探訪となりました。                              ( 2010/03/31 記述 )

黒門 忍城北谷口城門 ⇒ 画像クリックで拡大します
忍城の北谷門を移築した通称「黒門」
黒門 忍城北谷口城門現地解説板
⇒控柱の太さが気になる境内側から撮影した黒門

( 2005/11/14 撮影 )

訪城アルバム
総願寺不動堂 ⇒ 画像クリックで現地解説板へ
散蓮華模様青石塔婆 ⇒ 画像クリックで拡大します
凸1 総願寺不動堂
神仏の漂流譚が記された総願寺の縁起について
⇒1977年6月に有形文化財指定を受けている不動堂の現地解説版
相撲界関係にも所縁があるようにも
 
凸2 散蓮華模様青石塔婆
 3体の板碑の中央が、1960年7月30日指定の加須市有形文化財考古資料である散蓮華模様青石塔婆とのことです。
 角度を変えて撮影しても背景の引戸などが写りこみ、解説板を撮影すると手前に木の枝が写りこみ... 
交通案内

いつもガイド の案内図です いつもガイドの案内図

凸参考・引用資料
太字の資料は特に関連が深いもの、あるいは詳しい記述のあるもの)

■城郭関係
「日本城郭体系 4」(1981/新人物往来社)・「日本城郭全集 3」(大類 伸 監修/1967/人物往来社)
「定本日本城郭事典」(西ヶ谷 恭弘 編/2000/秋田書店)、「日本の名城・古城事典」(1989/TBSブリタニカ)
「ビジュアルガイド日本の城」(2005/小学館)、
「城郭みどころ事典 東国編」(2003/東京堂出版)、「江戸三百藩 城と陣屋総覧 東国編」(2006/学研)
「新撰 日本の名城」(2007/新人物往来社)、「関東地方の中世城館1埼玉・千葉」(2000/東洋書林)

■郷土史・歴史関係
「角川日本地名大辞典11埼玉県」(1980/角川書店)、「埼玉郷土辞典」(1966/埼玉新聞社)
「戦国軍記事典 群雄割拠編」(1997/和泉書院)
「国史大辞典」(1986/吉川弘文館)、「戦国人名事典」(2006/吉川弘文館)
「日本史諸家系図人名辞典」(2003/講談社)、「戦国大名系譜人名事典」(1985/新人物往来社)
「新編埼玉県史 通史編2中世」(1988/埼玉県)、「新編埼玉県史 別編4年表・系図」(1991/埼玉県)
「新編埼玉県史 資料編5中世1古文書1」(1982/埼玉県)、「新編埼玉県史 資料編6中世2古文書2」(1985/埼玉県)
「新編埼玉県史 資料編7中世3記録1」(1985/埼玉県)、「新編埼玉県史 資料編8中世4記録2」(1986/埼玉県)
「埼玉県の歴史散歩―歴史散歩11」(2005/山川出版社刊)、「埼玉県の歴史―県史11」(1999/山川出版社刊)
「忍城戦記」(「埼玉叢書」所収)
 「北谷口持 西木十郎兵衛・藤井大学・同馬之助・横田大学・沼沢兵庫・江田主水、足軽30人、農人200人(これを堅むる」と記され、あくまでも後の近世に編纂されたものではありますが、天正18年(1590)の忍城の攻防の様子が詳述されています。無論19世紀半ばに建設されたこの城門と忍城の攻防については直接の関係はありません。
「かぞの歴史散歩」(1991/加須市教育委員会)
「加須の文化財」(1991/加須市教育委員会)

■地誌類・史書・古文書などの記述状況
「武蔵国郡村史」(1954/埼玉県)
「小田原北条記 上、下」(江西逸志子 原著 1988/教育社刊)
「関東古戦録」(槙島昭武/2002/あかぎ出版)
「関八州古戦録 上、下」(槇島 昭武 原著 1991/教育社刊)

■その他


・2010/04/17 HPアップ
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