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1歴史・伝承 2残存遺構 3訪城記録・記念撮影 4アルバム 5交通案内 6参考・引用資料 7更新記録
関連ページへのリンク  2016/11/16のブログ 片平下館 中村館
所在地
 福島県郡山市片平町中館
歴史、人物、伝承

片平城の一部か
 伊東氏が支配し領有していた片平城は、天正4年(1576)三春田村氏の旗下にあった大内氏により攻略され、当時城主であった伊東大和守はその庇護者である会津蘆名氏を頼り城を明け渡したものとされている。このとき片平城は大内義綱の二男親綱(大内氏綱の弟)に与えられ、その名字を片平姓へと改め、安積伊東氏名代であった家系は途絶えたとされている。( ⇒ 「郡山市史」482頁、「新版郡山の歴史」42頁など)
 この「中館」(片平中館)については、「福島の中世城館跡」とこれを踏襲したと思われる「まほろん」には共に掲載されているが、その指示している範囲は概ね片平城(片平上館、上館)範囲と重なっているものと考えられる。この点について「福島の中世城館跡」の片平城の解説(第110図片平城略測図)では、「中館」に関しては現在の愛宕神社北西、南北の連郭遺構の残る丘陵の北東辺りを示している。その辺りは「字中館」の範囲と概ね一致するものであるが、当該略測図自体が「字中館」の範囲を示しているのか、あるいは「城館跡としての中館」の位置を示したものであるのかは不明である。ただし、「福島県中世城館跡分布図および地名表」には、遺構の特徴として「外郭の一部」、占地状況として「丘陵、平地」、現況及び所有関係として「農地、山林、民有地」との記載がある。これらの情報から勘案すると、おそらくは片平城の一部でありその北側付近を指すものと考えて差支えないように思われる。

※城館名については、「福島の中世城館跡」「まほろん」では「中館」と表記しているが、郡山市内には同名の城館跡が複数所在していることから混同を避けるべく便宜上「片平中館」としたものである。

確認可能な遺構
 なし(土取り、開墾、宅地化などにより消滅か)
文化財指定
 なし
訪城年月日
 2016年11月16日 13時25分から13時35分頃まで
訪城の記録 記念撮影


 暫し茫然
 現況は開墾、土砂の採掘、宅地化などにともなう造成工事より大きく地形が変貌し、その部分の丘陵自体が消滅しいるようです。それでもこの北側の字中館近辺から南側を眺めますと愛宕神社の所在する丘陵、その南側に細くとうざいにのびた削り残された丘陵、そして西側には連郭の郭跡が残存する丘陵を視野に入れることができます。しかし、この時点では肝心の連郭遺構へと向かうルートが分からず比高差10mほどの崖地を見上げながら、しばらくの間茫然としておりました。それでも土橋に敷設された丸太の安全ロープの存在に気が付き、どうにか気を取り直して、丘陵をぐるっと廻り込むようにして南側の集落を抜けて漸く城跡への案内板が目に入ったときは嬉しさがこみ上げてきました。

( 2017/10/04  記述)

国土地理院航空写真より編集加工 ⇒ 画像クリックで拡大します
片平城と片平下館(国土地理院航空写真より編集加工)
「字中館」は緑色で囲んだ愛宕神社境内の北方になります
( 2017/10/01 作成 )
訪城アルバム
「字中館」付近 ⇒ 画像クリックで拡大します
愛宕神社の丘陵 ⇒ 画像クリックで拡大します
凸1 「字中館」付近
 愛宕神社裏から「字中館」(画像右側の中段付近)とその奥の連郭遺構が残存する西側丘陵(狭義の片平城)を望む。
凸2 愛宕神社の丘陵
 「字中館」とその南側は造成宅地のような景観となっていますが、数少ない片平城を一望できるビューポイントでもあります (^^ゞ

僅かに残存する丘陵辺縁部 ⇒ 画像クリックで拡大します
連郭遺構から「字中館」を望む ⇒ 画像クリックで拡大します
凸3 僅かに残存する丘陵辺縁部
 舞台の書き割りのような状態で残存している東西にのびた細長い丘陵跡で本来は愛宕神社と西側の連郭遺構を繋ぐ地形であったように思われます。この細長い地形を辿れば連郭遺構の方へと向えるという可能性も考えましたが、足元が危険であることに加え南側の人家の裏山にも相当する地形でもあるようなので断念しました。
凸4 連郭遺構から「字中館」を望む
 画像中央のやや右に3軒ほどの民家が所在する辺りが「字中館」に相当するものと思われます。
交通案内


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いつもガイド の案内図です いつもガイドの案内図
凸参考・引用資料
太字の資料は特に関連が深いもの、あるいは詳しい記述のあるもの)

城郭関係
・「北海道・東北地方の中世城館 4 岩手・福島(「福島県の中世城館跡」を収録)」(2002/東洋書林) ⇒ 掲載あり
・「日本城郭体系 3」(1981/新人物往来社) ⇒ 一覧表に記載、「伊東裕時の居館」(※通字から推定すると祐時の錯誤か)
・「日本城郭全集 2」(大類 伸 監修/1967/人物往来社)記載なし

歴史・郷土史関係等
・「会津・仙道・海道地方諸城の研究」(1980/沼舘愛三編著/伊古書院)記載なし
・「郡山の城館−歴春ブックレット安積2」(2015/垣内和孝 著/歴史春秋社)記載なし
・「角川地名大辞典7福島県」(1981/角川書店)
・「郡山の地名(口承文芸刊行物)(2005/郡山市教育委員会)」

史料、地誌

その他(データベース、関係著書)
・福島県文化財データベース「まほろん」 ⇒ 掲載あり
・郡山市役所公式HPから「埋蔵文化財包蔵地マップ」掲載なし
・「国土地理院航空写真」(国土地理院ホームページから)航空写真画像を編集加工した

・2017/10/04 HPアップ
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