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難波田氏館
関連ページのリンク  2004/12/23の日記      
所在地
埼玉県富士見市下南畑153
歴史と沿革

■「埼玉の中世城館跡」などでは室町期の難波田氏の館跡とされているだけで、その具体的な根拠も含めて詳細は殆ど不明な模様。難波田氏初期の館跡と考えるべきか、その一族の難波田城の出城のような存在として捉えるべきなのか。

確認できる遺構
構造的特徴および
周辺の地理的特徴

■東西を荒川と新河岸川に挟まれた自然堤防上に所在し、有名な方の「難波田城」は東北東約500mの位置にある。氷川神社の境内地を中心とした一帯が館跡と考えられているが、現在は南北を工場に挟まれており、神社の境内地にもこれといった具体的な遺構を確認することはできない。

参考資料、古文書、
記録

「中世北武蔵の城」(梅沢太久夫 著 2003/岩田書院刊)
「富士見市史 通史編 上」(1994年 富士見市教育委員会/編集・富士見市/発行)
「富士見市史 資料編2考古」(1986年 富士見市教育委員会/編集・富士見市/発行)発掘当時の記録、多門氏についての記述が詳しい。
「郷土ふじみ第2号」(1972年 富士見市郷土史同好会/編集・発行)
「富士見風土記」(1980年 富士見市教育委員会/編集・発行)
「神社と神々」(井上順孝監修 1999年/実業之日本社刊行)
「民間信仰辞典」(桜井徳太郎編 1980年/東京堂出版刊行) 
「富士見のあゆみ」(1982年/富士見市編集発行)
「富士見のさんぽ道」(1973年/富士見市郷土史同好会編集発行)

文化財指定
訪城年月日
2004/12/23
訪城の記録

( 2004/12/23 )
参道は長大だが
 神社の社殿は細長い参道の一番奥に所在しているため、危うく通り過ぎそうになりました。道路を挟んで反対側には無住の藏福寺の墓地があり、道路わきに2台分ぐらいの駐車スペースがあったので止めさせていただいたので、お礼もかねてそちらのほうも参詣。
 この神社の参道は 延長にして100メートルもあろうかという立派な長さを有していますが、社殿の境内地自体は南北を工場に挟まれており余り広くはありません。館跡として考えた場合1町四方程度の規模ならば、当然両側の工場の敷地なども含まれていたことになると思われます。
 しかし、参道の周辺が最も当時の様子を伝えているような状況だったものですので、当たり前ですが目にできる遺構は殆どありませんでした。
また、新河岸川の氾濫などによる水田との比高差3mほどの自然堤防の微高地にあるとはいえ、水害にはさぞ頭を悩ませたのではないかと思われる場所でした。

Best Shot?

 氷川神社の参道を社殿側から撮影するとなかなか歴史的な雰囲気が出てきます。この角度では分かりにくいのでが写真向かって左側には別の仏教系の集会施設の建物があります。
 周辺が水田地帯のためかどうか分かりませんが、参道の土がガチガチに固まっていたのが印象的でした。
 参道の延長は約100m程度あり、館の規模の目安になるような気がします。また、参道の写真左側が深さ1mほどの水路、右側は幾分窪んだ感じの溝になっていました。
 ( 2004/12/23 撮影 晴 )
交通アクセス

・国道254号線富士見河越有料道路の北側300mの位置にあり周辺には創価学会の会館、筑波ダイカスト、藏福寺がある。市内循環バス興禅寺入口停留所から徒歩1分。 


( 2004/12/23 撮影 )

■氷川神社の拝殿。
 賽銭箱は時節柄社殿の中にあるので、10センチ四方ぐらいの扉の穴から賽銭を賽銭箱めがけて狙って入れるという芸当をしてしまった。
 富士見市には全国に228社あるといわれている「氷川神社」が計6ヶ所あり、ここはその1社。「新編武蔵風土記稿」によれば八幡神社とならんで下南畑村の鎮守であったといわれている。
 祭神はスサノオノミコトとクシナダヒメ、大国主命の3柱で埼玉の大宮(現さいたま市)に本社があり荒川と多摩川に挟まれた一帯に集中している。さいたま市の大宮に所在する本社は、古代の出雲族が武蔵国造として赴任したときに祀ったことを起源とするといわれている。 
■コンクリートブロック製のものと可愛らしい小ぢんまりした稲荷社。
 左側の祠には何故かたぬきの置物が祀られて??いた....
■新河岸川と水門。遠く奥武蔵の山並みが望める。
 写真でも分かりますが、この日は本当に吸い込まれそうな位に何処までも空が青かった。
■西側の新河岸川の堤防上から見た館跡、というか氷川神社の境内地。
 社殿の周辺では年配の家族連れの方が銀杏拾いをされていたので、時間調整もかねて新河岸川の堤防のほうまで行って風景写真などを撮影していたというわけです。
■当時の面影を伝えているかどうか微妙な参道脇の水路。この写真を撮影しているとき、隣の工場の飼い犬が盛んに吠えまくっていました....怪しいものではありませんが、やっていることは十分に怪しそうで(^^;
■氷川神社の二の鳥居。鳥居の形式は両部鳥居。
 因みに一の鳥居はコンクリート製の明神鳥居で氷川神社の神額がかかっていた。
 
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