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栃木県足利市の城館索引へ戻る 大将陣付近、画像クリックで拡大します 大将陣のバナー 大将陣付近
1歴史・伝承 2残存遺構 3訪城記録・記念撮影 4アルバム 5交通案内 6参考・引用資料 7更新記録
関連ページへのリンク  2009年1月24日のブログ 源氏屋敷
所在地
 栃木県足利市
歴史、人物、伝承

源義家の伝承
 前九年、後三年の両役(T054−1087)の頃に、八幡太郎源義家が布陣したと伝わり「大将陣」の地名が残されているがあくまでもその詳細については不明である。
このほか地元には八幡町、堀込町などの城館との関連を窺わせる地名も現存している。
周辺はほぼ市街地化され地表上の遺構は消滅しているものと考えられるが、北方約200mに所在している明神山の眺望は優れており、当時も含め後々においても物見として利用された可能性は想定されるのかも知れない。

確認可能な遺構
 なし
文化財指定
 なし(明神山古墳群は足利市指定史跡)
訪城年月日
 2009年1月24日 10時40分から11時5分
訪城の記録 記念撮影

 「源氏屋敷」と同様に、こちらも源義家にまつわる伝承地のひとつです。ご同行をいただいたG氏ともに、関係資料などから割り出した比定地は概ね小学校の敷地ということで一致しましたが、それらしい地表上の形跡は築数十年物と思われる築山くらいでありました(笑)また八幡町の地名も伝承との関わりの残滓なのでありましょうか、八幡屋という屋号を持つ手焼き煎餅のお店の看板なども撮影してみました。
 もののついでに四所神社が南麓に鎮座する北側200mほどに所在している標高61mの丘陵(明神山古墳群、比高差約20mほど)へも立寄ることに。 山頂の平場はなかなか眺望にも優れておりましたが、古墳の大半は消滅しているようであり、具体的な大将陣との関わりや神社の縁起等は把握しておりません。

( 2011/7/25 記述 )
明神山 ⇒ 画像クリックで明神山古墳群の解説板へリンク
大将陣付近(推定地)
( 2009年1月24日 撮影 )
交通案内

いつもガイド の案内図です いつもガイドの案内図

凸参考・引用資料
太字の資料は特に関連が深いもの、あるいは詳しい記述のあるもの)

■城郭関係
「関東地方の中世城館1栃木・群馬」(2000/東洋書林)

■郷土史・歴史関係
「角川地名大辞典栃木県」(1984/角川書店)
「近代足利市史1」(1977/足利市)
「人物伝承事典」(2004/東京堂出版)

・2011/07/25 HPアップ
・2019/06/09 画像ズレ補正
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