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栃木県佐野市の城館索引へ戻る 植野城の土塁跡 植野城のバナー 植野城
1歴史・伝承 2残存遺構 3訪城記録・記念撮影 4アルバム 5交通案内 6参考・引用資料 7更新記録
関連ページへのリンク  2008年11月23日のブログ
所在地
 栃木県佐野市植下町大原
歴史、人物、伝承

堀田氏庶子の近世城郭
 大老堀田政俊の三男である堀田備前守正高が貞享元年(1684)に築城したが、元禄11年(1698)に近江国堅田に移封され事実上の廃城となったという。
 その後文政9年(1826)に堀田摂津守正敦により堀田氏1万6千石の陣屋として再興されたが、城主格とされていたので植野城とも呼ぶ。 「日本城郭全集2」には南側土塁上に堀田稲荷が祀られていたとの記述が写真付きで掲載されている。また「国別城郭・陣屋・要害台場事典」によれば、神社の所在する土塁状の地形については、城郭土塁の一部に相当する模様である。推定本丸付近には文化財解説板と黒御影石に刻まれた城絵図の石碑も所在している。
 なお、同書によると別名を佐野城植野陣屋佐野陣屋とも呼ばれるとのことである。

確認可能な遺構
 土塁
文化財指定
 古碑、城郭図は佐野市指定文化財
訪城年月日
 2008年11月23日 15時40分から16時00分
訪城の記録 記念撮影

  推定本丸付近には文化財解説板と黒御影石に刻まれた城絵図の石碑なども所在していますが、地表上に城跡の名残りをとどめているのは堀田稲荷が所在する僅かばかりの土塁跡と泉水跡だけでした。
 関係資料によれば、周辺にはこのほかに城門などが移築されて現存しているとの記述もありましたが確認しておりません。また、探訪した時刻が夕刻のためかなり黄昏気味の画像となっております。

( 2011/7/11 記述 )
植野城土塁跡 ⇒ 画像クリックで現地解説板へリンク
植野城土塁跡
佐野城郭図(石碑)
( 2008年11月23日 撮影 )
交通案内

いつもガイド の案内図です いつもガイドの案内図

凸参考・引用資料
太字の資料は特に関連が深いもの、あるいは詳しい記述のあるもの)

■城郭関係
「日本城郭全集 2」(大類 伸 監修/1967/人物往来社)
「国別城郭・陣屋・要害台場事典」(2002/西ヶ谷恭弘/東京堂出版)

■郷土史・歴史関係
「日本史諸家系図人名辞典」(2003/講談社)
「佐野市史 通史編上」(1978/佐野市)
「佐野市史資料編1」(1975/佐野市)
「栃木懸誌」(船橋一也/1904年の復刻版/歴史図書社)

・2011/07/11 HPアップ
・2019/06/12 画像ズレ補正
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