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栃木県足利市の城館索引へ戻る 稲荷山城 稲荷山城のバナー 稲荷山城の堀跡か?
1歴史・伝承 2残存遺構 3訪城記録・記念撮影 4アルバム 5交通案内 6参考・引用資料 7更新記録
関連ページへのリンク  2009年2月21日のブログ
所在地
 栃木県足利市菅田町
歴史、人物、伝承

戦国期の砦跡か
 北西の中腹には菅東山出世稲荷神社が所在する比高差約50mほどの小丘陵の北端部に所在し、「日本城郭大系4」によれば、戦国時代末期に長尾顕長により物見番所として築かれたともいわれています。
 しかし現地を観察した限りでは複郭構造を有するなど残存する遺構からは単なる物見以上の機能を有していたのではないかという印象がありました。

確認可能な遺構
 郭、腰郭、土塁?堀跡?
文化財指定
 なし
訪城年月日
 2009年2月21日 14時50分から15時40分
訪城の記録 記念撮影

 北西の中腹には菅東山出世稲荷神社が所在していますので、この神社境内を経由して城跡へと向いました。縄張は北端の主郭、その南側の二の郭までは明瞭で、さらにその南側の幅広い堀跡状(片堀切状)の地形を経て北側に低土塁を有する比較的細長い形状の郭が続いている模様です。また主郭、二の郭の直下には南側を除いて帯郭が巡り、東側の山腹には3段ほどの腰郭も現存しています。
 このほか丘陵北西麓には僅かに土塁・堀跡の痕跡と思われる地形も残存。城跡が所在する丘陵全体は西側を除き城郭としては斜面の傾斜が緩やかな印象もあります。仮に戦国期足利長尾氏によるものと仮定いたしますと、東側に小河川が所在するとしても敵対する佐野氏側に対する備えとしてはやや不十分な印象も拭えませんでした。

( 2011/9/17 記述 )
稲荷山城遠景
稲荷山城遠景
−西側麓より撮影−
( 2009年2月21日 撮影 )
訪城アルバム
東側の腰郭
堀跡付近
凸1 東側の腰郭
 この腰郭を含めて、東側の山腹には大小3段ほどの腰郭が所在しています。
凸2 堀跡付近
 丘陵北西麓には僅かに土塁・堀跡の痕跡と思われる地形も残存していますが、草木に覆われているため周辺の画像をアップしてみました。
交通案内

いつもガイド の案内図です いつもガイドの案内図

凸参考・引用資料
太字の資料は特に関連が深いもの、あるいは詳しい記述のあるもの)

■城郭関係
「関東地方の中世城館1栃木・群馬」(2000/東洋書林)
「日本城郭体系 4」(1981/新人物往来社)

■郷土史・歴史関係
「近代足利市史1」(1977/足利市)

・2011/09/17 HPアップ
・2019/06/11 画像ズレ補正
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