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群馬県甘楽郡甘楽町の城館索引へ戻る 本村城 本村城のバナー 本村城
1歴史・伝承 2残存遺構 3訪城記録・記念撮影 4アルバム 5交通案内 6参考・引用資料 7更新記録
関連ページへのリンク  2008/12/13のブログ
所在地
 群馬県甘楽郡甘楽町白倉字本村1100ほか
歴史、人物、伝承

仮称本村城?
 大類屋敷の南南西、曹洞宗松泉寺境内西方の台地であり、白倉城、仁井屋城と東西に等間隔で並び舌状台地先端部に立地している。その地理的な条件から白倉氏、大類氏との関係も想定されるもののその詳細については不明といわざるを得ない。
 城館跡としての出典は「群馬県文化財システム」の情報に基づくものであるが、城館名については小字名が概ね本村(ほんむら)に相当していることから取敢えず本村城と仮称した。あるいは近くに松泉寺が所在することから松泉城などとも称すべきなのかもしれないが、前記の同システムには「中世の城館跡」との注記が確認されるのみで具体的な城館名の記載は見られない。

確認可能な遺構
 郭?、切岸?、土塁?
文化財指定
 なし
訪城年月日
 2008年12月13日 15時15分から15時30分
訪城の記録 記念撮影

( 2011/05/14 記述)
 大類氏館、松泉寺城...
 情報元は群馬県文化財DBからです。また名称はあくまでも付近の旧小字名から、管理人が勝手気ままに名づけた仮称でありまする(汗)
  実際に訪れてみますと、東麓の曹洞宗松泉寺墓域を含む寺域に含まれていることから「松泉寺館」というべきかもしれません。また或いは、墓石、檀家等の事情を含む大類氏後裔の方々との関わりから「大類氏館」などとと呼称すべきなのかも知れません。
 「遺構」としてはあくまでも部分的に土塁状地形、郭状地形等が現存しておりましたが、これらが何時の時代のものであるのかその経緯も含めて全く不詳なのであります。

本村城 ⇒ 画像クリックで拡大します
本村城の遠景
( 2008/12/13 撮影 )
訪城アルバム
土塁状の地形
切岸状の地形
凸1 土塁状の地形
 耕作や植林に伴う地形の改変にしてはやや違和感のある土塁状の地形ですが、その反面において郭部分が明確ではありませんでした。 
凸2 台地先端部
 むろん後世の墓地造成などに伴う地形改変である可能性も想定されますが、台地の先端部は見事な人工的な切岸状の斜面を呈しておりました。
交通案内

・比高差約20m

いつもガイド の案内図です いつもガイドの案内図

凸参考・引用資料
太字の資料は特に関連が深いもの、あるいは詳しい記述のあるもの)

■郷土史
「角川地名大辞典10群馬県」(1988/角川書店)
「群馬県文化財情報システム」※現在の「マッピングぐんま」の文化財情報システム


・2011/05/11 HPアップ
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