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1歴史・伝承   2残存遺構   3訪城記録・記念撮影   4アルバム  5交通案内   6参考・引用資料  7更新記録
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所在地
 山形県山形市霞城町(二の丸)、十日町1丁目(三の丸)
歴史、人物、伝承

最上義光時代の築造と推定
 「山形県中世城館遺跡調査報告書」等によれば、三の丸を含む城域はは東西1480m、南北1881mにおよぶ規模を有していたとされ、その年代は16世紀最末期の築造と考えられている。
 すなわち著名な最上義光時代の築城遺構と推定され、旧十日町口付近には三の丸土塁遺構の一部として比高差約5m、長さ約30mの規模のもの(下記画像の個所)を始めとして市内にごく断片的に現存しているという。しかし他は概して後世の市街地化等により消滅しており、地表上にその痕跡を見出すことはできない。

確認可能な遺構
 土塁、堀跡
文化財指定
 1987年7月9日追加指定 国指定史跡
訪城年月日
 2009年5月11日 18時20分から18時30分頃まで
訪城の記録 記念撮影

 ( 2011/6/20 記述 )
 この日は午後から出かける次第となったために、東北道経由でようやく山形市内に到着した時点で既に時刻は黄昏時となっておりました。しかも山形城の周辺では適当な駐車可能な場所がなかなか見当たりませんでした。
 なお、土塁の外部にあたる東側には堀跡状の窪みも並行して残されているとのことですが、土塁上は立入り禁止となっており日没までの時間も残り少なかったので、その詳細については確認できませんでした。また、東側の歌懸稲荷神社(うたかけいなり)の方からアプローチできそうだと知ったのは帰宅後の大分後日となってからのことでした。

山形城三の丸土塁 ⇒ 画像クリックで現地解説板へ
山形城三の丸土塁(郭内側)
⇒南側から撮影した画像
( 2009/05/11 撮影 )
交通案内

いつもガイド の案内図です いつもガイドの案内図

凸参考・引用資料
太字の資料は特に関連が深いもの、あるいは詳しい記述のあるもの)

城郭関係
「山形県中世城館遺跡調査報告書」(1996/山形県教育委員会)
現地解説板

・2011/6/20 HPアップ
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